奇跡のような感動的な実話。
いま全米で200万部を超えるベストセラー『THREE CUPS OF TEA』の
主人公であるグレッグ・モーテンソンさんの話をします。
1992年、グレッグさんは34歳のとき、
世界でいちばん登頂が困難といわれるK2に登りました。
23歳で亡くなった妹の生前の望みだったのでしょうか。
妹の形見のネックレスを山頂に置いて帰るためです。
しかし、山頂まであと20メートルのところで、
彼は遭難してしまいました。
命が危ないところをポーターに救われ、
パキスタンの小さな村で手厚く世話を受けます。
村人たちとの温かな交流を深めていくうちに、
彼が衝撃を受けたことがありました。
それは、村には1つも学校がないということ。
そのため、子どもたちは、
凍えるような地面に棒切れで字を書きながら自習していたのです。
教室もペンも教科書もない場所で、
一週間に三度しか来ない先生を待って・・・。
その様子を目にしたグレッグさんは、胸が張り裂けそうになりました。
なんとかしなけばならない、
これはK2の山頂に登るより大切なことだ。
そう思った彼は、村の長老に言います。
「僕は学校を建てます。約束します」と・・・。
さあ、それからが困難の連続でした。
グレッグさんは看護士だったので、学校のつくり方など知りません。
学校をつくるためには、ともかく莫大な資金が必要です。
が、彼にはお金がありません。
アメリカに戻り、協力金を募るために、
580通の手紙を出して助けを求めました。
しかし、返事は100ドルの小切手が入った1通だけ。
それでも、あきらめませんでした。
まずは自分の持ち物を売り、
朝から夜遅くまで働き、協力を求め続けました。
そんな彼の熱意が伝わってか、
応援してくれる人が、次第に現れてきます。
が、その後、パキスタンに戻って学校づくりに奔走するため、
これまでの職を失い、恋人を失い、家を失うことにもなりました。
それでもやはり、彼は約束を果たすために、あきらめませんでした。
こうして、約4年後の1996年、村に念願の学校が建ちました。
いまでは、彼と仲間の手によって、
パキスタンとアフガニスタンに60以上の学校ができています。
これらの学校に、多くの子どもたちは2時間、3時間歩いて通います。
それでも彼らは喜んでやってきます。
学校で学べることは、恵まれていると彼らは知っているのです。
いま、世界じゅうで、学校に行きたくても行けない5歳から15歳までの
子どもが1億1千万人はいます。
家が貧しく一日に何時間も働かなければならない。
勉強したくても学校がない。
そうして一度も学校に行ったことのないまま、戦争に駆り出され、
兵士となって死んでいく子も大勢いるのです。
パキスタンでは、わずか1ペーニー(約1円)で鉛筆が1本買えるそうです。
その鉛筆で文字を習い、読むこと、書くことを習えば、
子どもたちは、外の世界とつながり、自分の世界を広げていけます。
そして、学んだことをもとに希望をもって、
自分の人生を歩んでいくことができます。
これまでまったく勉強する機会のなかったある女の子は言っています。
「私は教育にどんな意味があるか全くわかっていなかったんです。
でも、今では思うんです。それは水のようなもので、
人生のすべてにわたって、とても大切なものだと」
「私は医師になりたい。でも、ただの医師では終わりたくないんです。
病院をつくるような医師になりたい。
この地域すべての女性の健康の問題を解決したいんです」
グレッグさんが作った学校は、
いま子どもたちに希望と勇気を与える場となっています。